こんにちは、あられ(@n0riarare)です。
実は片腕を負傷していて治りも悪く、やってられねーぜ、とやさぐれてブログから遠ざかっていました。
ちびちび書こうと思って書き始めると、楽しかったキューバの思い出が蘇り、一気に言葉が湧いてきて、弾丸ハバナ観光編だけで3つくらいに区切ることになりそうです。
ブログを書くのって自己満足でもあるので、やっぱり楽しいなと再認識した今日この頃、というかナウ。この自己満ブログが、どこかの誰かの旅のヒントになったり、ひと時の安らぎになればと願います、そんな心境の今の私です。
- 勝手にキューバ旅のおさらい
- ④ツアーバスの中で異文化交流
- 覚醒〜踊るポン子!
- レストランでも踊る!inハバナ
- ⑤革命博物館でプロパカンダを浴びる
- ⑥ゲバラ邸宅(チェの家)にお邪魔します
- ⑦カバーニャ要塞で若林を語る
勝手にキューバ旅のおさらい
キューバ旅のブログはこちらです。
ハバナ観光で1睡眠3ダンスをこなすポン子って誰?
私たちの弾丸ハバナ満喫プランはこんな感じ
②中央公園から二階建てツアーバスに乗る
③マレコン通り→革命広場→新市街を巡回し戻る
④オビスポ通りでロブスターランチ
⑤革命博物館
⑥クラシックカータクシーで向こう岸へ
⑦チェ邸宅→カバーニャ要塞→ゲバラ博物館
⑧カサに戻ってコーヒータイム
⑨ブエナビスタソシアルクラブのディナー付きライブ
と言うわけで今回は④からです。
④ツアーバスの中で異文化交流
革命広場での撮影会を終えてツアーバスに再び乗った私たちは、今度は暑くない1階の一番後ろに座ってのんびり車窓を楽しむことにしました。
バスの中では、近くに座っていたツーリストたちとのお喋りに大盛り上がり。
1組のカップルはアメリカ人で、マイアミからバハマを通ってクルーズ船でハバナに立ち寄っているというセレブ感に圧倒されたり、
ポルトガルから来た人たちとは、私がポルトガルで食べた夢のサンドイッチ「フランセジーニャ」がいかに美味しかったか、ポルトで飲んだヴィノ・ヴェルデの話、クリスティアーノ・ロナウドの話などにも花を咲かせ、 「一期一会」という四字熟語が頭に浮かぶいい時間を過ごせました。
ポン子は「英会話、これから頑張ろう」とやたらと口にしていたものの、言葉を越えたヤツの人当たりの良さを再認識できました。
ツアーバスもなかなか捨てたもんじゃないです。
ちなみにポルトガルのフランセジーニャとはコレです↓
覚醒〜踊るポン子!
中央公園に着いてツーリストたちとお別れし、私たちは昼ごはんを食べる店をオビスポ通りで探すことに。
ブラブラ歩いてると、ちょっとした空き地のようなスペースで、音楽に合わせて踊っているおじいさんとおばあさんを発見。
私がそれをボーッと突っ立って見ていると、軽く小粋にステップを踏みながら近づいていくポン子がフレームイン。ここで1ダンス。
まるで仕事帰りにラーメンの匂いに誘われてラーメン屋にするっと吸い込まれていくサラリーマンのように、
スーっと、あまりに自然にダンスに参加。
はぁっ!!
これがダンサーというものなのか!
自然過ぎる。
トートバッグを小脇に抱えながら、ペットボトルの水を持ったまま、ステップを踏みながら、近づきながら、薄手のロングスカートを揺らしながら、知らないキューバ人と向かい合ってターンをかます。
これがバスの2階で仮眠をとっていたポン子の本当の姿なのか。
もしも私が踊るとしたら、ひとまず荷物を置いて深呼吸し、1歩目が左足か右足か考えるところから始めるだろうに、
ダンサーポン子にとっては、歩行の延長線上にダンスがあった。
ポン子はオビスポ通りで覚醒しはじめた模様。
さすがの私も魔法にかかったように知らないおじさんに導かれながら、頭で1,2とカウントしながら習ったはずのサルサのステップを踏み、むちゃくちゃではあるものの、楽しいなキューバ!と実感。
キューバという国がなせる技なのか、
ダンサーと一緒に旅しているせいなのか、
そしてそのダンサーが放った「ダンスはパッションやで」という言葉のせいなのか、
下手くそでも不思議と自分のステップに満足度100な私でした。
レストランでも踊る!inハバナ
その後、ええ感じのレストランに入り、旅前から食べたいと思っていたロブスターを注文。
このレストラン「Europa」は、生バンド演奏をしていて、踊れるスペースがあるお店。
私たちはバンドのすぐ近くの席。
ダンサーは、スタイル抜群でめちゃくちゃかわいいアフロのお姉さんと、ハットを自在に操るクールなお兄さん。
アフロのお姉さんからはセクシーがこぼれていて、お兄さんはかがんで片足を伸ばして爪先にハットを乗せて独特の時計みたいな動きで回る謎のダンスを披露したり。
ダンスと演奏を見ていると、ロブスターがなかなか来なくても気にならない充実度。
海老蔵似のお客さんも頑張って踊ります。
そこへハットのお兄さんが
「Shall we dance?」てな具合にポン子の手をとり、ポン子はおとぎ話のお姫様のように戸惑いながらも誘われダンスホール(と私が思っているスペース)へ。やはり、ダンサー同士にしか分からない、通じるものがあるのでしょうね。
ここで2ダンス目。
選ばれしプリンセスポン子はダンサーとして完全に覚醒。
回ったり、見つめあったり、
即興で息ピッタリに踊る、
いや、舞う。
ポン子はクジャクのよう。
我が友の、ダンサーのポン子、キューバのレストランにてサルサを踊り注目を浴びる。 pic.twitter.com/rTOpmigw6R
— あられ🇹🇼NoMoreタピオカ (@n0riarare) October 31, 2018
ポン子は、レストランEuropaの腹を空かせたツーリストの視線を釘付けにし(その代表が私)、席に戻ってきました。
彼女が、「ニイハオ」とダンサーに呼びかけられて聞き取れず笑顔で「Sí !」と言ってはにかむエセチャイニーズぶってしまっていたことや、
お約束通りバンドのおじさんがチップを求めて我々の席にやってきて、払い過ぎてしまったことなど帳消しにできるもの。
それこそがポン子の舞。
ブログを書いている今も、スタンディングオベーションでブラボーと叫びたいです。
レストランEuropa はtrip advisorでそれほど高評価ではないけど良かったです
ロブスターは安くて美味しいのでおすすめ
⑤革命博物館でプロパカンダを浴びる
ランチとダンスを終え、革命スイッチを入れて、革命博物館に歩いて向かいます。
こういうメジャースポットについて詳しく知りたい方は他の人のブログをおすすめします。
どちらかというと、チェ・ゲバラやカストロよりも旅でのこぼれ話(こぼれまくり)や今回は特にポン子に焦点をあてがちですのでご了承ください。
⑥ゲバラ邸宅(チェの家)にお邪魔します
革命博物館でプロパガンダにまみれた私たちは、向かい岸のゲバラ邸宅とカバーニャ要塞を目指すことにし、初のクラシックカータクシーに乗り込みます。向かい岸だけど海底道路で車ですぐに行けるのでおすすめです。
ゲバラ邸宅はスペイン語で伝えにくかったので、大きな白いキリスト像を伝えると分かってもらえました。カバーニャ要塞から歩いて15分くらいなので白いキリスト像を目指し歩けば到着します。
いよいよ、ゲバラんちに到着。
国旗がはためいていて、cheと書かれたデザインもかっこいい。
他に客はおらず、やる気のないお姉さんスタッフたちと私たち2人だけ。 寝室や数々のイケメンゲバラ写真をながめ、ここにいたのか、この人は…という感慨深い気持ちになりました。
チェのハリウッドスターばりのイケメン具合にやられつつ、チェ家を出て次はカバーニャ要塞へ。
道中、台湾人カップルと出会い、一緒にカバーニャに向かいながらお喋り。
日本に来た事があると言い、場所を聞くと「ニイガタ」と。
なんと珍しい旅行者やと思ったらフジロックリピーターで苗場、つまり新潟によく来るとのこと。私もよく行くよと話し、今年は彼らはボブディランを見たらしい。苗場ですれ違ってたかもしれないね。
しかし、アジアも誇るフジロック!
さすがだわ。
あとは、ミスチルとB'zが好きだとのことで、日本語は話せないけど日本人ちゃうか?と思うほどでした。
また苗場で会おう!
⑦カバーニャ要塞で若林を語る
台湾人カップルは、結局この時にはカバーニャ要塞には入らず、夜9時からの大砲を打つセレモニー目当てで、夜に改めて来ることにしてカバーニャ前でお別れ。
ほぼ、私たち2人しかいないのでは?という閑散とした要塞内。
カバーニャ要塞内のゲバラ博物館も見学。
ゲバラが使っていたニコンのカメラを見かけた時に少し親近感を覚えました。
ポン子がトイレに行きたくなり、
「ドンデスタ・エル・バニョス?(トイレはどこ?)」と聞くところを
「ドンデスタ・エスパニョール?(スペイン?はどこ?)」とハッキリとした声でカバーニャ要塞内のカフェ店員のおばさんに尋ね、
なぜかトイレだと分かってくれて、その辺の店員さんたちがよってたかって必死にトイレへと誘ってくれたけど、最終的にティッシュや手を洗う水をあげるとか言ってチップを稼ぐ連携プレーだったのは一連の流れとして完璧な時間でした。
西日を防いでまっすぐ歩むポン子
要塞に腰かけながら、
「要塞って何?」というポン子の哲学的質問を私はさりげなくはぐらかしながら、
沈みかけた太陽と海とハバナの街を見ながら、本日一番ゆったりした時間を。
「(オードリーの)若林もここに来たんやなー。」と若林を思う私たち。
決して大ファンと言うわけではないけど、若林の「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」の本を私が読んで、ポン子に勧めてポン子が読んでから1年。
この地に2人でいるなんて。
そして若林の話をして盛り上がるなんて。
しかも、我々はカバーニャ要塞の次に若林が出したエッセイ本「ナナメの夕暮れ」までキューバに持ち込んできている。
私はおそらく若林と同じくナナメに物を見る人間で生きづらさを感じているけど、ポン子はそうじゃないタイプ(むしろ春日じゃないかと思う。万人ウケするスター気質)。
若林が本のまえがきで、「生きづらさを感じていない、人生をエンジョイしてる人はこの本を閉じてパーティーにでも行ってくれ」みたいなことを書いてたように思い、
ポン子に、若林の本を閉じずになぜ読むのか聞いてみました。
すると、「確かに自分と全然違ってそんな風に考えないなと思う部分も多いけど、分かるなーって部分も最近はあるから、読んでて面白い」とのこと。
そりゃそうだわな。女も40過ぎれば色々生きづらいこともある。
「あの人の考え方は浅い」とか「あの人はこんなに深く考えたことなんてないはず」とか「あぁ何も考えずに生きてる人は楽でいいな」とか私を含めた自意識の強いナナメの人間は、時々、他者に対して排他的に考えがちだけど、
ポン子みたいなタイプは、他者に対して排他的ではなく開かれてるんだろうな。そんな風に人を見下さないしナナメに見ない。
だけど、自分もしんどい部分を持っていて。
若林が人見知りを克服しつつあるように、歳をとる中で色々と変わっていく部分、
変わらない部分。色んな面がある。
キューバがこれからどう変わっていくのかな。
変わらないものは何だろう。
そして私はどうなるのかな。
取り留めもなく色んなことをポツリポツリと、思いを馳せたカバーニャ要塞の夕暮れ。
「ナナメの夕暮れ」を読み進めるスピードが違いすぎる私たちではあるけども、(私は「わかるわー」と思ってたらあっという間に読み終えたけど、ポン子はなかなか進まないらしい。やはりナナメの人間を理解しようとすると時間がかかるんだと思う…)
いろんな違いをごく自然に抵抗なく飛び越えていくことの意味を、ポン子のダンスと若林の本からぼんやり考えたカバーニャ要塞。
カバーニャ要塞のすぐ外の別の犬
若様、ありがトゥース!と叫びたい。
さて、一旦カサに帰って、シャワー浴びて、
ブエナビスタソシアルクラブのディナーコンサートへとのぞみます。続く…